#1 染色職人 野口繁太郎さん
#スキンケア #ハンドクリーム #ハンドケア #乾燥肌 #手荒れ対策 #敏感肌
染めと着物の未来を、
この手でつなぐ
1948年創業の野口染舗、札幌で着物の染み抜きやお手入れ、染め替えなどを手がける野口さん。
おじい様の代から続く伝統の技を軸に、「現代に合った着物のかたち」「北海道らしい染め文化」を模索し続けています。
仕事について

――どんなお仕事をされていますか
「着物のお手入れ」、つまり染み抜きや洗い、 撥水加工、 仕立て直しなどを行うのが本業です。
洋服のクリーニングと違うのは、着物が一度“生地に戻せる”こと。
袖をほどき、幅を調整し、 13メートルほどの反物に戻してから再び仕立て直すことができます。
「詰める」だけでなく 「出す」 ことができる。―それが着物のすごいところなんです。
祖父が1948年に始めたこの仕事を、 いまは私が五代目として携わっています。着物は直線裁ちの文化。 ほどけばまた “1枚の布”に戻る。
その柔軟さと循環の思想は、現代にも通じると思っています。
新しい挑戦
――着物の新しいブランドを立ち上げたそうですね?
「着物を着るには習わなければいけない」 というハードルをなくしたいという思いから、カジュアル着物ブランド「Shi bun no San (シブンノサン)」を立ち上げました。
デニム素材の着物や、 結ばずに使える帯、 Tシャツのように着られるJUBAN Tシャツ®など、 “日本人と着物の間に出来てしまった距離を縮める”ことをコンセプトにものづくりに取り組んでいます。
最初は「そんなものを作ったらクリーニングに出す人がいなくなる」 とも言われました。
でも、それでもいいんです。まず着る人がいなければ、 この文化自体が続かない。“着物を着ることを、もっと日常に。
“その思いが、このブランドの原点です。
天然染料ブランド「BetulaN (ベチュラン)」
――染色の新ブランド「BetulaN (ベチュラン)」を始めたきっかけは?
きっかけはコロナ禍でした。
成人式や花火大会、 茶道など、 着物を着る機会が一気になくなり、「このままでは着物文化そのものが立ち行かなくなる」と感じました。
そんな中で、バリスタの方との会話からコーヒーの出涸らしを毎日大量に廃棄しているということを知り、「珈琲染め」を手掛けるきっかけになりました。捨てられていくものに、 もう一度命を吹き込む―そこに強く惹かれたんです。
こうして北海道の天然染料ブランド「BetulaN (ベチュラン) 」 が生まれました。
北海道には、染めの“産地”がありません。山形なら紅花、 奄美なら泥染めのように、 その土地を象徴する染め文化がある。
だからこそ、「北海道らしい染め」を自分たちで作ればいいと思いました。
その象徴として選んだのが 「白樺」です。


「白樺で染めています」と言うと、 誰もが「北海道らしい」と感じてくれる。
それが私たちのフラッグシップカラーになりました。
エコのため、環境のためではなく、 「まだ使える原料を生かしたい」 ただそれだけの、自然でまっすぐな発想です。
手と技

――一番 「手」 を使う作業は何ですか?
基本的には全て手作業です。
機械に任せてできる作業ではないんです。
特に、 白樺や葡萄など、 原料が自然のものだと同じ状態でいつもあるわけじゃない。
日々変わっていくものに対応できるのは、自分の感覚だけですね。
――手を見て、自分の仕事の歴史を感じますか?
感じますね。 染料や薬品に触れることが多いので、 指先は少し硬くなり、手に染料の跡が残ることもあります。

――普段の手のケアは?
普段はほとんどケアをしていません(笑)。
冬場は乾燥して手が切れることもありますが、作業の合間にハンドクリームなどを塗る習慣がありませんでした。
でも手は、自分の仕事を支える一番の道具。
この手でしかできないことがあるとわかっているからこそ、もっと大事にしなければと思っています。
この冬、ハンドクリームを使ってみるのが楽しみになりました。
触れて感じる体験を通して

――これから挑戦したいことは?
「染め物体験」を広げたいです。
海外の方には旅の思い出として、 日本の子どもたちや学生には“自分でやってみる学び”として。
染めは、見るよりも“触れて感じる”ことで心に残ると思うんです。
聞くだけではなく、 自分の手で色を生み出してみる。
それがきっと、文化を未来につなぐ一歩になるはずです。着物についても、 「みんなに着てほしい」と押しつけたいわけではありません。
ただ、着物の技術や知恵を、今の暮らしにどう生かせるかを考えていきたい。包装紙の代わりに布で包めば、捨てずに何度も使えるように。
そうやって、培ってきたノウハウを社会に還元していきたいと思っています。